誰もが一つのストーリーによって動かされている
「主人公になれ。」「自分のストーリーをつくれ。」「誰かが描いた人生の脇役になるな。」そんな言葉を自己啓発でもよく目にするし、私もこれまで同じ様に伝えてきた。ここ数年、世界やXなどのSNSを観察していてわかったことがある。
誰もがあるひとつの物語によって動かされている一部でしかない、と。
例えば、物語を描く小説家も、フェミニストを叩くアンチたちも、社会を変えようとする漫画家も、左翼にバカだと見下されている大統領も。新たなストーリーを担っている、自ら物語をつくっていると思っている人ですら、ある物語に包括されている。あるいは包摂と言ってもいい。
今はもう消されてしまった記事にはこのように書かれてあった。
美学者のティ・グエンは「明晰さの誘惑」という魅力的な論文において、有限な資源や能力しか持ち得ない私たちが、効率的に世界を理解するために「明晰さ」という感覚(あるいは「ハッとした感覚」)をもって思考を停止させてしまう危険を指摘している(Nguyen 2021)。
陰謀論や官僚主義的な数値主義は、人びとに明晰さを味わわせることで、世界の真理に気づいたと思わせたり、数値にないものは考慮に値しないと思わせたりすることができる。しばしば、こうした明晰さの気持ちよさは数字や図式に対して指摘されるが、私は、数字だけではなく、物語もまた明晰さ(物語的明晰さ)の甘い毒を作り出すことができてしまう、と主張する。
だが、その気持ちよさに抗い、相手を理解できないものとして尊重すること、それが物語的徳である。
もちろん、物語が必要になることもある。相手が特定の物語にハマっていたり、誰かが物語に閉じ込められて苦しんでいるとき、その物語から開放するためには、物語の魔力についてよく知っていなければならない。
https://gendai.media/articles/-/143623?page=3
人々にとって有益で、今ある物語を変えるような秀逸な文章や分析、人材や情報はいつの間にか消されてしまっていたりする。もしくは、評価されなかったり、それこそ日本のフェミニズムの運動のように大量にアンチが湧いてきたり、なかったことにされたりする。
これもあなたが物語の一部である理由、物語から抜け出せない理由、そしてその物語が変わらない構造でもある。
そして物語の魔力とは。まさに日本のアニメ文化や漫画、誰もが一度は目にしたことあるドラマや映画、ハリウッド西部劇。これらは私たちの娯楽やフラストレーションの発散、生きる糧となってくれるのと同時に、パルプティコンのような監獄状態に陥る要因でもある。
この記事ではこのように続く。
物語化はしばしば他人の理解をもたらすものとして賞賛されるが、しばしば他人の安易なパターン化に堕落していく。理解できないことを無理に「理解しようとしない」勇気や、物語に還元できない断片的な声を「断片のまま」受容する想像力が、物語的不正義を抑止する新たな美徳となるだろう。
私たちは、自己語りや他人語りにおいて、物語から離れて、不可解なまま存在する相手を尊重する、新しい倫理的態度を作り出さなければならない。
先日、ある人とこれについて語った。
「戦争、奴隷制度、差別、性暴力、そのような地獄のような概念がなくなったら、人はどう生きていくのか。何かを乗り越えたり、解決していくことが人間の喜びでもあるから、楽しくなくなるんじゃないか」
と彼は言った。
私はそれこそ、「ストーリーに囚われた考え方だ」と返した。
このように誰がどう考えても地獄のような概念だけでなく、ロマンやヒーロー物語、そういった日本の作品によくあるストーリーも私たちを文脈化し包括している。自分の人生に生合成が取れる作品は売れる。
「人々を動かしている物語」が求めているものがヒットする。
その中で、そんな物語に動かされない存在が中にはいる。それについてはまた違う記事で書こうと思う。
その男に、「そんなものがなくても人生は楽しめる。」と続けて返した。
男は少し考えて、
「踊ったり、歌ったり、酒を飲んだり、タバコを吸ったり、あすかと話しているのはとても楽しい。」
と言った。
♢公式LINE
ご登録はこちら
※無料イベントなどはLINEへお知らせしますので、ぜひご登録ください。
♢無制限 LINEコーチング
詳細・お申し込みはこちら
※定員に達し次第、キャンセル待ちとなります
♢セラピーセッション
ご予約はこちら
※LINE・The Letterご登録の方は初回50%オフになります。
すでに登録済みの方は こちら