「甘えるな」という呪い
どうにもできないことを「努力でなんとかできる」と人々に思わせることで、本質的な問題から目を逸らさせられていることに早く気付いたほうがいい。
阪本明日香
2025.03.23
読者限定
最近あまり言葉が出てこない。以前のように書きたいことがふと浮かんで、すらすらと書けるというような状態ではなくなった。
書きたいことがありすぎて書けないのか、書きたいことがなさすぎて書けないのかよくわからない。
頭の中が整理されない状態がずっと続いている。なので、ここ最近は頭の整理のために「とりあえず思いついたことを書く」ということをしているから結果的に書く量が増えている。
内容のクオリティはともかく、たくさん書くことは悪いことではない。何事においても「場数」というのは、突破口を切り開いてくれやすい。場数も積まずにくよくよと考え続ける人は、動くことができず考えるだけで終わる。
私が言う「場数」は努力とは違う。
静と動。動くことは動かないでいる状態よりも体力が必要だ。初動はもっともエネルギーがいる。だから、とにかく動く、とにかく数をこなすというのは、努力をするということではなく、動の状態に「慣れる」ためでもある。人はどのような状態にも「慣れる」生き物だから。
だけど、動かない「静の状態」でいることも「動の状態」と同じくらい大事でもある。
「知」と「仁」
知者は水のような流れを楽しむ。
仁者は豊かな命を育む山を楽しむ。
知者は動き、仁者は静かである。
知者は楽しみ、仁者は祈る。
—『超訳論語』安冨歩著
日本はとくに「甘えるな」「努力しろ」「努力は報われる」などと、努力信仰や頑張る教が強い。そのため、世界のどの国と比べても勤勉で真面目で優秀な人たちばかりだ。
しかし、その結果はどうか。