夕日のような少年と、醜い男
セブ島にきて2ヶ月ちょっとがすぎた。ここでたくさんの人と出会い、たくさんの出来事に遭遇し、毎日いろいろな事を考えさせられる。
まず最初に仲良くなったのは、数日宿泊していたホテルの前でいつも待機しているバイクタクシーのお兄ちゃんたちだ。ここでは第二言語は英語なので、なんとかコミュニケーションをとってぼったくってくるタクシー代を値切るところから始まった。
だいたい外国人客に対しては上乗せした金額をいってくる。それでも日本のタクシーに比べたら安いので問題ないのだが、なんか腹立つので私は毎回「うそつくな!高いやろ!」って食ってかかる。
彼らもバレると笑い出して言い訳するのだが、最初はめんどくさかったそのやりとりも段々面白くなってくる。しまいにはその中のひとりが乗車中に私を口説いてきたので、こいつスケベだぞと他の兄ちゃん達に言いふらしてやると、めちゃくちゃイジられていてみんなで爆笑した。
後になって知ったのが、ローカルも使うGrabやmaximという配車アプリを使えば、距離で最初から金額が提示されるので交渉もまったく必要ないということだ。倍以上の金額をのせられいることを知り、アイツら〜!という気持ちになったがそれもいい経験だ。
今ではそのホテルの前をタクシーで通るたびに、みんな気づいて手を振ってくれる。
次に仲良くなったのは、ストリートでタオルを売っている姉妹だ。
色とりどりなタオルを大量に持って、道ゆく人たちに声をかけている。私は8歳ほどの少女に声をかけられ、その時持っていた現金をすべて渡して1枚買った。おそらく彼女が想定していた以上の値段だったようで笑顔で喜んでくれた。
そんな小さな女の子が路上で働いていること自体が深刻な問題なのだが、その熱心な姿がとても愛おしく喜んでくれて嬉しかった。
するとそれを聞きつけた姉妹が次々と私のまわりに集まってくる。
だけど私はすでに現金を全部渡してしまっているので買うことができないことを伝え、持っていたスナックやフルーツを小さな女の子にあげて少し話をした。
その姉妹がなぜ路上で働いているのか、5人ほどいる女の子たちはみんな家族なのか、そんなことを聞いてみると、全員が姉妹ではなくいとこもいるようで、10歳くらいになる子の学校に行くお金を集めているとのことだった。
最初はつかれた顔をしていた一番上のお姉さんも話をしているうちに徐々に笑顔になって、私がホテルを発つ頃には笑顔で手を振って見送ってくれた。
先日、日本の知り合いがセブに遊びにきた。彼は元セブ在住で、私に街を案内してくれたりカルチャーや習慣をいろいろ教えてくれた。
ある日、せっかくだからということでセブシティから離れた田舎の美しいビーチへいった。そこは欧米の人たちに大人気で街全体が白人だらけだった。
街を散策していると現地の人たちがつぎつぎ営業をかけてくる。アクセサリーや南国フルーツ、キャニオニングやスキューバダイビングなどのアクティビティ。観光客向けのあらゆる商売がそこにはあった。
私は営業かけられるのはあまり嫌いじゃない。そこから話が盛り上がり仲良くなることもあるし、現地の人にしかわからない情報を知ることが出来るからだ。そういった他愛もない会話こそが旅の醍醐味だと思っている。
その時も私はたくさんの人に声をかけられ、その都度立ち止まり、興味があればまた後で来るよと約束をして歩いていた。その時、日本の知り合いが私の腰に手をまわそうとして、
「いちいち相手にしなくていいから。」
という言葉をポロっとこぼした。
私は反射的にその手を強く振り払い、離れて歩いた。
現地の人と親しく話していると、そういう瞬間が何度もあり彼の言動に強い不快感を感じた。
私はお前の女でもなんでもない。断じてない。
ガイドするていで私に会いにきているが、はっきり言って私は一言も頼んだ覚えはない。
その時点でお前に私の行動を制限する権利はないし、お前に従う義理もない。触れられる理由もない。少し知識と経験があって私が友好的に話を聞いていたからといって、あわよくば自分の女にできるかもとか勘違いしてマジなんなの?
キモい。キモい、キモすぎる。
勘違いされたくないので一応言っておくと、自分のホテルは自分で取っているし、飯代も移動費もすべて自分の分は自分で払っている。ここまで関係がハッキリしているのにも関わらず、この対応には正直吐き気がした。
どのポジションのつもりでこの人はそんな言動をとったのだろうと不思議でならない。
何より、この言葉には現地の人たちを蔑視する感情が含まれており、相手を同じ人間として扱っているように思えず苛立ちを覚えた。
彼とは旅先で偶然何度か会っただけなので本質まで知るよしもなかったが、何か自分にできることをしてあげようという善意の気持ちが、女性差別をする男特有のただのマンスプレイニングとセクハラに変わっていった。
少し前からこの男に不信感をいただき初めていたが、2日目に起こった出来事でそれが確信に変わった。
次の日に起こった出来事はかなり胸糞悪いものなので、詳細はここには書かない。気になる人はYouTubeを聴いてほしい。
簡略して書くと、身体を売ろうとする10歳の少年に対して、私は困惑しショックを受けていた。
そんな私に「ここでは当たり前だよ。」と吐き捨てたのだ。
その少年は日本語はわからないが、まだ私の後ろにいたにも関わらず。
これまで思ったことがあっても善意で自分のためにきてくれているのだからとずっと黙っていたが我慢の限界で、閉じていた口を開いた。
「当たり前と思った瞬間に、何も感じず何も思わずに、思考停止して少年や少女を買えるようになるわけですよね?
そんなの人として終わってる。
人間じゃないですよ。」
今にも大声でキレそうになる感情を理性で抑え、一言一言に力をこめて伝えた。
その言葉に対して「これからセブで生活するにあたって、今後、恥にならないように伝えているだけであって・・・」と男はすくみながら言った。
「恥とかどうでもいいから。」
私はそいつに終止符をうち、それからの数日はひとりで過ごした。
セブの人たちはあたたかい。私の拙い英語でも笑わずにちゃんと理解しようとしてくれるし、情が熱く優しい人が多い。たまにぼったくってくるし、タクシー乗車中にナンパしてきたり面倒なところもあるけど、こちらが敬意を払って話しかければ、敬意で返してくれるしみんな親切にしてくれる。
家族や社会の結束がとても強く、とにかくみんなで子供を世話をして大切にしようとする。私の同期のママさんとその子供を連れてなかなか治安の悪いマーケットに行った時も、まるでそんなふうには感じられないくらい、みんなが笑顔を向けて子供に話しかけてくれる。
小さな子供たちが働かないと学校にも行けない貧困問題があるのはとても悲しいことだが、みんなで力を合わせて生き抜こうとしている姿がそこにはあり、勇気づけられ心が温まる。彼らはいつもハッピーなわけじゃないけど、楽しいことがあれば全力で笑い、歌い、踊る。
一方、私たちの国はどうだろうか。日本はまだフィリピンに比べたら裕福かもしれない。子供たちが働かなくても生活ができる。野菜も新鮮で栄養があって食事も美味しい。街も綺麗でインフラも整っていて便利だ。郵便物が遅れることなど滅多にないし、オーダーした注文を間違えることもほとんどない。シャワーのお湯が出ないなんて事も絶対起こらない。
しかし、YouTubeには東京の街中で人が倒れていても誰も助けてくれないという検証動画が溢れている。子供が公園ではしゃいで遊んでいるとうるさいとクレームを入れる人間がたくさんいる。自分の国ではモテないからと、ここに安い値段で女性や子供を買いにくる大量のイカれた人間がいる。自分たちはここの人間と違うからと見下し人間扱いをしない貧しい心がある。少年や少女を買うことを本人の目の前で当たり前だと言ってしまう醜い男がいる。
本当に貧困なのはどっちなのだろう。
本当に幸せなのは、一体どっちなのだろうか。
最悪な出来事があった時でもここのビーチは相変わらずキレイで、夕食を食べに出かけた夕方、キャップを深くかぶり暗い顔で下を向いて歩いていると、例の少年に「Hi !」と声をかけられた。夕日みたいにあったかくて少し赤らんだ笑顔だった。最高に可愛かった。
ひとりで過ごす夜のBARはご飯も美味しく生演奏がとても美しく、その店のスタッフとおしゃべりをしてインスタを交換した。友達ができた。
また近いうちにこの海に来ようと思った。
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